気分は上下にのみ動く。気分が上昇するとか上機嫌とか、気が重いとか沈むとか、上下を示す言葉は多々あるが、左右や前後に行かない。なぜだろう?上は明るく、下は暗い。なぜだろう?
気分という器官は物質的には存在しないのだが、なぜ動くのか?
声のトーンを聞いていて、はっとした。声のトーンによって表されるものを、気分と呼ぶのではないのかと。気分がよければ声は軽く高く、悪いと重く低い。つまり、軽いとテンポよくしゃべり、思いとゆっくりめに語尾を延ばしながら話す。声は左右前後には変化できず、上下の周波数変更しかできない。
さらに、怒ると腹が立つ。腹に力を入れれば、声が大きくなる。だから、怒ると声が大きく、つまり音の振幅が大きくなる。あるいは、興奮すると声高にしゃべることがある。声高にしゃべるときには声の大きさも大きくなるので、大声でしゃべることを声高にしゃべるとも言う。興奮して、上顎の奥のほうに力が入るから、声が高くなるのだろう。
こう考えていくと、顔の表情まで分析しなくとも、音声認識だけで声のトーンやテンポ、振幅から気分を判別するのはそう難しくないかもしれない。
12/01/2008
写真を飾る
会社にちょっと変わったアメリカ人がいる。変わっていると言っても、以前はUS Air Forceで働いていたのだが、いかにもそういう感じがする、という意味で変わっている。彼が自分のオフィスに飾っている写真は彼自身のものらしい。ちゃんと奥さんや子供もいるのだが。自分の立派な履歴を眺めていたいのかもしれない。
そんな彼は例外で、普通の欧米人は家族や友達の写真を飾るのが好き。アジア人はそういうことはしない。
逆に、欧米人の方が子供は独立している。アジア人の方が親にべったりしている。
以前使っていたインドの会社の人たちは、ほとんど皆毎日親に電話をし、2-3週間に一回くらいは一晩の夜行バスを使って週末は実家に行くと言っていた。すごい人は、夜行バスで毎週末帰ると言っていた。奥さんが子供を生むときは奥さんの実家に、奥さんも旦那さんもしばらく滞在するのが普通らしい。
欧米人は独立しているからこそ、写真を飾ってつながりをもちたいのかもしれない。滅多に会えない人だと写真を飾りたくなるものだろう。あまりいい例ではないかもしれないが、日本人も、アイドルや故人、かわいがっていたペットの写真は飾るから。写真を見て思い出すと心が温まるから。
そんな彼は例外で、普通の欧米人は家族や友達の写真を飾るのが好き。アジア人はそういうことはしない。
逆に、欧米人の方が子供は独立している。アジア人の方が親にべったりしている。
以前使っていたインドの会社の人たちは、ほとんど皆毎日親に電話をし、2-3週間に一回くらいは一晩の夜行バスを使って週末は実家に行くと言っていた。すごい人は、夜行バスで毎週末帰ると言っていた。奥さんが子供を生むときは奥さんの実家に、奥さんも旦那さんもしばらく滞在するのが普通らしい。
欧米人は独立しているからこそ、写真を飾ってつながりをもちたいのかもしれない。滅多に会えない人だと写真を飾りたくなるものだろう。あまりいい例ではないかもしれないが、日本人も、アイドルや故人、かわいがっていたペットの写真は飾るから。写真を見て思い出すと心が温まるから。
ブラウザのセキュリティ
スパムフィルターのおかげでメールでの感染はかなりなくなったけど、ブラウザがセキュリティに対してかなり脆弱じゃないの?
グーグルは、メールのフィルターだけでなく、ブラウザのフィルターも作らないのかしら?
グーグルは、メールのフィルターだけでなく、ブラウザのフィルターも作らないのかしら?
メールに適するもの
メールで気持ちや感情を伝えることは難しい。
何気ない言葉がきつい言葉としてうけとめられたりする。特に相手を良く知らなければなおさらだ。
だから個人メールにおいて、スマイリーみたいな絵文字が流行ったのだろう。
口頭だと、逆に、伝えたくない感情まで伝えてしまったり、口が滑って余計なことを言ってしまうこともある。メールなら、そういう悪い感情を表さないし、読み返して余計なことは削除できる。
失礼にならないように丁寧な言葉を使ってメールを書いて長くなってしまうメールもあるが、それは逆に受け取り手にとって長ったらしい面倒なメールにもなる。特にビジネスのケースでは、内容だけすっきり書いてあったほうが読みやすい。ところが、もともと話の長いタイプの人は、長い説明や自分の知識を誇示するためにだらだらとクドイ文章を書く。
ビジネス上ではPCやブラックベリーで使われるメール、個人では主に携帯で使われるメール。音声通信から始まった携帯が、音声通信機能つきメール端末のようになってきた。なぜか?
メールという文字しか伝えられないコミュニケーション手段に適する用途はどういうものなんだろうか?
何気ない言葉がきつい言葉としてうけとめられたりする。特に相手を良く知らなければなおさらだ。
だから個人メールにおいて、スマイリーみたいな絵文字が流行ったのだろう。
口頭だと、逆に、伝えたくない感情まで伝えてしまったり、口が滑って余計なことを言ってしまうこともある。メールなら、そういう悪い感情を表さないし、読み返して余計なことは削除できる。
失礼にならないように丁寧な言葉を使ってメールを書いて長くなってしまうメールもあるが、それは逆に受け取り手にとって長ったらしい面倒なメールにもなる。特にビジネスのケースでは、内容だけすっきり書いてあったほうが読みやすい。ところが、もともと話の長いタイプの人は、長い説明や自分の知識を誇示するためにだらだらとクドイ文章を書く。
ビジネス上ではPCやブラックベリーで使われるメール、個人では主に携帯で使われるメール。音声通信から始まった携帯が、音声通信機能つきメール端末のようになってきた。なぜか?
メールという文字しか伝えられないコミュニケーション手段に適する用途はどういうものなんだろうか?
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